【語れる薀蓄(うんちく)】嗚呼、日本の心。宴会コンパニオンの歴史今昔
2024年05月21日更新
殿方が宴会をする上では切っても切れない関係性、ピンクコンパニオンやスーパーコンパニオンという概念が登場してから、30年程と言われております。
宴会コンパニオンの歴史は諸説ございますが、一説に当時はコンパニオンと遊ぶ事を目的とした宴会は「艶会(えんかい)」と呼ばれ、最初の始まりはノリのいいノーマルコンパニオンが男性客の野球拳にお付き合いしたところからとも言われていますが、ピンクコンパニオン発祥の地であるとされているのが伊豆の長岡温泉。コンパニオン宴会で薀蓄(うんちく)を語る上で、伊豆長岡温泉を外すことはできません。
発祥の地というだけあって、他の地域や県とは一味違った面白いサービスもご用意されています。
女の子との会話を盛り上げるための伊豆長岡の歴史うんちくや、その他のうんちくについてもご紹介していきます。 温泉旅行でコンパニオンと楽しむご予定を企画している方は、この機会にご参考ください。
コンパニオンのはじまりについて
スーパーコンパニオン発祥の地と呼ばれる伊豆長岡温泉、と言いたいところですが、実は伊豆長岡温泉だけでなく同じ時期に全国各地の歓楽街や温泉地で3つのコンパニオンのサービスがはじまったと言われています。
・ピンクコンパニオン
・シースルーコンパニオン
・スーパーコンパニオン
これらのコンパニオンは通常のノーマルコンパニオンとくらべてもエッチ系なことが盛りだくさんです。「下着姿」、「コスプレ」、「ボディータッチ」・・・etc、ここではご紹介しきれないほどのエッチなサービスが充実しています。なぜ、こういったエッチ系のコンパニオンたちが誕生したのでしょうか。
一説には職場の社員旅行や宴会、慰安旅行など、男性たちだけで宴会をしても少し酔って終わり、「これじゃあ盛り上がりにかける」となり、お酌や会話に加えてエロを混ぜるようになり徐々にサービスも過激になっていったとされています。
ちょうどバブルに差し掛かった頃には既にピンクコンパニオンが存在し、宴会でヌードを披露する子もいたそうです。またバブルが崩壊したくらいから「スーパーコンパニオン」という呼び名が誕生しました。ただ、コンパニオンに"スーパー"がついたことで「何でもしてくれる」というイメージが強くなってしまい、サービスにクレームを付ける方もいました。
こういった背景があって、ホテルや旅館がお客様に与える印象を考慮して「シースルーコンパニオン」など呼び名を変えることで「シースルー=下着姿」と下着姿のコンパニオンと印象付けることで、クレームを減らそうと考えたのです。3つのコンパニオンは呼び名が異なるものの、どれもサービスは変わらないのでエロ系を求めてコンパニオンと遊ぼうと考えているのであれば間違いなく鉄板です!!
エロと日本文化を結びつける「女体盛り」のルーツ
女体盛りなんて都市伝説でしょ?ホントにあるの?!日本文化は大げさ!となる方がいるのは当然だと思います。映画や漫画などの世界の中の話で、想像によって作られたサービスだと思っている方はたくさんいらっしゃるはずです。ですが今でも実在するサービスになり、少々金額は高くなりますが女体盛りで刺し身を食べることはできます。
そんな女体盛りのルーツを紐解くため江戸時代まで遡ってみましょう。江戸時代は戦もほとんどなく争いが少ない安定した時代でもあったことから、江戸や大坂を中心にさまざまな文化が開花していきました。その内の1つに「遊郭」と呼ばれる、今でいう風俗店のようなサービスも発展していきました。当時のエロ本のようなものに「艶本」や「枕絵」など多くの文献が残っており、他にもセックスガイドのような遊女向けの指南書「江戸の性愛術 おさめかまいじょう」なども残っています。この「おさめかまいじょう」の一文にはこんなことが記されています。
「くせもんあり。はんばより、酒、さしみを取り食らうに、ぼぼあけさせ、ぼぼ水にワサビ付け、さしみを食らう」
翻訳すると少々過激ですが、書いてあることはこんなことです。「性欲が強い男の中には、女性器を開かせ、その液に刺し身をつけて食べたがるやつがいる」当時は女体盛りと呼ばれていたかは定かではありませんが、女性を器にみたてて刺し身を食べる文化はあったようです。また女性を器にして食をとるという意味では、女性の股間にお酒を注いで飲む「わかめ酒」も江戸時代がルーツとなっています。
そして時代は進み大正時代、ここにもやはり女性を器にして食を楽しむ文化はありました。それが「花電車」と呼ばれるお座敷芸です。今でいうストリップに近しい部分がありますが"エロと食"を結びつける芸も数多くあったようです。
こういったお座敷芸は、もっぱら"見せる"ということだけに特化した芸だとされています。こうして歴史をみていくと、エロと食のつながりは江戸か時代からはじまり100年以上も前からはじまっていたと言えるでしょう。
そして1955年日本が高度経済成長の真っ只中、石川県は加賀温泉郷の「ある温泉」が国内ではじめて女体盛りをサービスとして提供したと言われています。非日常的なエロさはもちろんですが、日本文化として堪能してみるのも1つかも知れませんよ。ちなみに海外でも「NYOTAIMORI」として知られ、日本文化が産んだアートの1つとして受け入れられているところもあるそうです。
まとめ
"コンパニオン"というサービスは、内容が多少異なるものの古くから伝わってきたサービスです。知らなかった方も多いと思うので、うんちくとして話のネタになればと思います。会話以外にもパーティーゲームなどで女の子と楽しみ、味わったことがない空間でのスーパーコンパニオンの過激なお・た・の・し・みサービスをご堪能いただけえればと思います。筆者はまだ、女体盛りの経験だけはありません。もし「女体盛りの経験あり!!」という方がいれば、感想など教えてもらえると助かります(笑)。
この記事を書いた人
記事ライター:Tomizawa Naoto(トミザワナオト)
業務担当 :カメラマン
入社年 :2016年
趣味 :トライアスロン
コンパニオン歴:2014年頃から、年に2~3回ほど
仕事の姿勢 :出来る限りリアルな宴会の様子を撮影する
メッセージ :お客様に役立つ情報を随時ブログ記事でアップしていきます。
Twitter :ID:@enkai_net